『養生訓』を読む 第12回
人の命は我にあり、天にあらず
原文(巻之一・総論上・9章)
養生の術は先(ず)心気を養ふべし。心を和にし、気を平らかにし、いかりと慾とをおさへ、うれひ、思ひ、をすくなくし、心をくるしめず、気をそこなはず、是心気を養ふ要道なり。又、臥す事をこのむべからず。久しく睡り臥せば、気滞りてめぐらず。飲食いまだ消化せざるに、早く臥しねぶれば、食気ふさがりて甚(はなはだ)元気をそこなふ。いましむべし。酒は微酔にのみ、半酣をかぎりとすべし。食は半飽に食ひて、十分にみ(満)つべからず。酒食ともに限を定めて、節にこゆべからず。又、わかき時より色慾をつつしみ、精気を惜むべし。精気を多くつひやせば、下部の気よはくなり、元気の根本たへて必(ず)命短かし。もし飲食色慾の慎みなくば、日々補薬を服し、朝夕食補をなすとも、益なかるべし。又風・寒・暑・湿の外邪をおそれふせぎ、起居・動静を節にし、つつしみ、食後には歩行して身を動かし、時々導引して腰腹をなですり、手足をうごかし、労動して血気をめぐらし、飲食を消化せしむべし。一所に久しく安坐すべからず。是皆養生の要なり。養生の道は、病なき時つつしむにあり。病発(おこ)りて後、薬を用ひ、針灸を以(て)病をせむるは養生の末なり。本をつとむべし。
現代語訳
養生の術でまず大切なのは、心と気を養うことである。
心を穏やかにし、気を落ち着かせ、怒りや欲望を抑え、憂いや思い悩みを少なくし、心を苦しめず、気を損なわないこと――これが心気を養うための最も重要な道である。
また、横になりすぎてはならない。
長く眠ったり寝転んだりしていると、気が滞って巡らなくなる。食べ物がまだ消化されていないうちに早く横になって眠ると、消化の働きが妨げられ、元気を大きく損なう。これは強く戒めるべきことである。
酒はほろ酔いまでとし、半分ほどの酔いを限度とすべきである。
食事も腹八分目とし、満腹まで食べてはならない。
酒も食事も、限度を決めて節度を越えてはならない。
また、若いうちから色欲を慎み、精気を大切にすべきである。
精気を多く消耗すれば、下半身の気が弱り、元気の根本が断たれて、必ず命は短くなる。
もし飲食や色欲に対する慎みがなければ、日々補薬を飲み、食養生を行っても、何の益もない。さらに、風・寒・暑・湿といった外からの邪気を恐れて防ぎ、生活のリズムや動きと休みのバランスを整え、慎みを持って過ごすべきである。食後には歩いて体を動かし、ときどき導引(体操やストレッチ)を行って腰や腹をさすり、手足を動かし、軽く体を使って血と気を巡らせ、消化を助けるべきである。一か所に長く座り続けてはならない。
これらはすべて養生の要点である。養生の本質は、病気がないうちに慎むことにある。病気が起きてから薬を飲んだり、鍼や灸で治療するというのは養生のなかでも後の方ですることであるから、それよりもまず根本を大切にすべきである。
解説
日常が養生になる生き方
この一節で語られている養生の考え方は、現代に置き換えると「生活習慣病を防ぐための基本原則」に近いものといえる。また、その前提となる心の安寧についても述べられている。
日常生活はとかく簡単な方に流されがちかもしれない。ガチガチにやるのもまた違うと思うけれど、でも、完全に野放しでもいけない。塩梅のいいところ、今の言葉で言えばライフワークバランスを考えて、自分自身の養生を見つける必要がある。
しかし、何を基準にしたらいいのか、何を目標にしたらいいのか、その塩梅の基準となるところを、『養生訓』を現代の生活に照らし合わせて組み立ててみたらどうかと思うのであります。
① 心の状態が体に影響するという考え方
現代医学でも、
- ストレス
- 怒りや不安
- 長期的な緊張
が、自律神経やホルモンバランスを乱し、
消化・睡眠・免疫に影響を与えることは広く知られている。
「心を和らげ、気を平らかにする」という表現は、
今日で言えばストレスを溜め込まない生活を指している。
② 睡眠・姿勢・活動量への注意
- 寝すぎ
- 食後すぐ横になる
- 長時間座りっぱなし
これらが体に良くないことは、現代の健康指導でも共通の認識となっている。
適度に体を動かし、食後は軽く歩くことで消化を助けるという考え方は、現在の生活習慣改善指導とも一致している。
③ 食事・飲酒の「量」と「節度」
この章で繰り返し強調されているのは、
何を食べるかより、どれだけ食べるかである。
- 満腹を避ける
- 酒は酔い過ぎない
- 習慣としての過剰を戒める
これは現代の栄養学でも重視される
「過剰摂取が体を壊す」という基本原則と同じである。
④ サプリや薬に頼りすぎない姿勢
日々の生活を改めず、
補助的な手段だけに頼っても健康は保てないという考え方は、
現代でも多くの医療者が共有している。
まず生活の土台を整え、
その上で必要に応じて医療を使う——
この順序が重要である。
⑤ 病気になる前の予防が大切だという発想
「病気になってから治すのは末である」という指摘は、
今日でいう予防医学・未病の考え方に通じる。
健康は特別な治療によって守られるものではなく、
日々の暮らし方の積み重ねによって保たれる、
という視点がここにはある。
まとめ 源保堂鍼灸院の見解
この一章は、養生訓の中でも最も臨床的で、現代医学とも一致する核心部分です。
① 養生の第一歩は「心の状態」
貝原益軒は、養生を
- 食事
- 運動
- 薬
よりも先に、「心気」=メンタルと自律神経の状態に置いています。
これは現代で言えば
- ストレスマネジメント
- 感情のコントロール
- 慢性的緊張の解除
そのものです。
② 「寝すぎ」「食後すぐ横になる」への明確な警告
ここは非常に現代的です。
- 食後すぐ横になる
- 寝だめ
- 動かない生活
これらはすべて
➡ 消化機能低下
➡ 気血の停滞
➡ 慢性疲労・自律神経失調
につながります。
③ 酒・食・性欲を「ゼロにしろ」とは言っていない
重要なのはここです。
- 禁止ではない
- 修行でもない
- 我慢大会でもない
「微酔」「腹八分」「節度」
つまり、
養生とは“抑圧”ではなく“調和”
という立場が一貫しています。
④ 補薬・サプリ信仰への痛烈な批判
慎みがなければ、いくら補っても無駄
これは現代の
- サプリ依存
- 健康食品依存
- 「飲めば治る」思考
への、非常に鋭い警鐘です。
⑤ 養生と治療は別物
最後の一文が、この章の結論です。
病気が起きてから治すのは養生の末
養生とは、病気になる前の生き方
これは、鍼灸・漢方の本質であり、
まさに源保堂鍼灸院の臨床哲学と重なります。
まとめ
養生とは、特別なことをすることではない。
日々の心の使い方、体の扱い方を、少し丁寧にすること。
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参考図書
定本として『養生訓・和俗童子訓』(岩波文庫)を使用
『養生訓』に関連する本

源保堂鍼灸院・院長
瀬戸郁保 Ikuyasu Seto
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
東洋遊人会・会長/日本中医会・会長/東洋脉診の会・会長
東洋医学・中医学にはよりよく生活するための多くの智慧があります。東洋医学・中医学をもっと多くの方に身近に感じてもらいたい、明るく楽しい毎日を送ってほしいと願っております。
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