『正倉院薬物の世界』 鳥越泰義著 平凡社新書
先進国からの輸入、遣唐使
日本に本格的に漢方薬が入ってきたのは奈良時代といわれており、納められたのが東大寺の正倉院といわれています。
もちろんそれまでも日本でも薬草を使って病を治していたことはありますが、単体で使っていたり、経験的に、今でいうおばあちゃんの知恵袋的なものとして使用されており、これは薬とは言い切れいないものです。
この生薬がどのような効果があるかとか、どのような組み合わせで使うとより効果的なのかといったものが体系化されたものから薬と呼ぶことができます。
日本はそのような知識や技術がまだなかったために、遣唐使を派遣してすでに先進的であった中国本土から医薬の知識を輸入してきました。
正倉院の世界
正倉院といえば、楽器やガラス製品、装飾品などを思い浮かべるかもしれませんが、医薬品も納められています。
いつだったか、たまたま夜行バスで奈良に行ったとき、正倉院展をやっていたので、早朝に到着して何もすることがなく、正倉院展でも観てみるかぁととても軽い気持ちで一番乗りをしたことがあります。私はほんとにたまたまでしたが、正倉院の宝物は貴重品ばかりなので、期間も短く、たいへん混むというのを後に知って、いい機会を得たなと自分の幸運を嬉しく感じたことがあります。
そんな感じで当時の私もやはりこれぞ正倉院という楽器やガラス製品に魅せられてしまい、漢方の生薬が展示されていたのかどうかは全く記憶がありません・・・。
本書を読むと、正倉院に納められている生薬は、人を助けるという人道的な目的で輸入されたものであり、装飾品などとは全く違った思いで納められていたというのが理解できます。
当時の天皇である聖武天皇は体が弱かったため、仏教への帰依と、医療というものへ並々ならぬ期待をかけていたようです。
そして聖武天皇の奥方である光明皇后は、施薬院などの設置で多くの人を助けようと、やはり中国本土の医薬の学術を普及しようと努めていたようです。
特別な場所、特別なもの
本書を読むと、とにかく正倉院というものが日本の歴史の中でも最も特別扱いされた場所であるということがうかがい知れます。
長きに渡って皇室が受け継いできたものとして、戦国を代表する武将である信長、秀吉、家康なども最高の敬意を払って中に入ったという記述があります。
様々な過酷な歴史があったであろうこの日本で、このような宝物が保管されてきたことは奇跡に近いものがあるかと思います。
本書の第一章は、正倉院ができる辺りの日本の歴史が描かれています。
正直、私は高校時代は世界史と地理を選択したので、よくわからない人名が並び、その人間関係も複雑でよく分かりません。専門家になるわけではないのでそのあたりはわりとあっさり読み進めていきましたが、権謀術数、覇権争いがすさまじかったことを知ることができます。
そしてそこから続く章では、“特別な場所”としての正倉院が分かりやすく解説されています。
本書は、正倉院という希有な場所を、生薬という視点から眺めながら、歴史のミステリーにもせまっていく好著です。
機会がございましたらご覧になってくださいませ。
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