白酒とひな祭り

食と文化とからだの交わるところ(C)表参道・青山エリアの鍼灸院 源保堂鍼灸院 Acupuncture Clinic in Tokyo

ひな祭り

“1月はいる、2月は逃げる、3月は去る”と申しますとおり、年が明けてからの3ヶ月は本当にあっという間に過ぎていきます。

気がつけば今日は3月の始まりです。

3月といえば、ひな祭り。

当院の玄関も、手作りでいただいたひな人形を飾っております。

白酒と甘酒

赤いお顔の右大臣

3月3日のひな祭りのときに、甘酒を飲んだことがある方も多いのではないでしょうか?

わたしもそんな記憶があるのですが、当時は甘酒がおいしいものだとはとても思えなかったので、なんでこんな白く濁ったものを飲まなくてはいけないのだろうと感じたものです。

しかし、もしかしたらこの甘酒の記憶は、甘酒ではなくて白酒だったのか・・・?

というのは、ひな祭りの歌の歌詞には、白酒で顔が赤くなるというのがありますよね。

金のびょうぶに うつる灯(ひ)を
かすかにゆする 春の風
すこし白酒 めされたか
あかいお顔の 右大臣

(「うれしいひなまつり」より引用)

甘酒は白いですから、白酒と同一のものかと思っていましたが、でも、甘酒だったら酔わないですよね?
私はアルコールに弱いので、甘酒でもなんだか酔ったようなここちよい気分にはなりますが、ふつうはなりませんよね。

ということは、この白酒とは甘酒なのか・・・?

『江戸名所図会』の豊島屋の図

江戸時代に発行された、江戸の名所をぐるっとご案内する『江戸名所図会』という古書があります。

手元にあるそのコピー本の中に、こんな図が載っております。

これは、毎年恒例2月の最終日に、神田鎌倉河岸にあった豊島屋で売り出される白酒を買い求める人々の様子です。

『江戸名所図会』

神田鎌倉町にあった豊島屋の様子

すごい数の人々が、白酒を求めて群がっています。

この白酒こそが、ひな祭りに飲むもの。

粋な江戸っ子達は、2月の最終日になるとこぞって豊島屋へ走ったということです。

この白酒とは、この豊島屋という商店を営む豊島家初代の豊島屋十右衛門が編み出したもの。
あるとき十右衛門の夢枕におひな様が現れたそうで、そのおひな様がこの白酒の作り方を教えたそうです。
『絵本江戸風俗往来』という書物によりますと、「豊島や得色の醸造にて無類の味わい。されば王公貴人も殊の外ご賞美ありける」とありまして、我先にと争って求めたそうです。
そのすさまじさは、「白酒の空樽を御堀端へ積みしに、当店前より神田御門へかけて、樽の堤を築ける如くなりし。」とありますが、上に載せました『江戸名所図会』の右下には、樽がまさに堤のように積んでありますので、あながちオーバーな表現ではなく、事実だったのだということが伺えます。

白酒はれっきとしたアルコールです

こどものお祝いであるひな祭りに供される白酒ですが、甘酒とは違ってこちらはアルコールです。

リキュールと同じ程度だそうで、かなり強いお酒ですね。
こんなお酒をこどもが飲んだら、飲むのも飲ませるのも犯罪です・・・。

もしかしたら、白酒に見立てて、いつの頃からか子ども用には甘酒がふるまわれたのかもしれませんね。

ちなみにこの白酒を製造した豊島屋は、現在も存在しており、白酒を造っております。
すごいことですよね、ここまでしっかり代々受け継いでくるということは。
そのおかげで、この時代にあっても、江戸の味が今でも楽しめるということができるのですね。

そういえば、鳩サブレーを製造しているお店は豊島屋。鳩サブレーといえば鎌倉。
白酒の豊島屋とは関係があるのでしょうか・・・?

と、最後はまた変な謎が生じてしまいましたが、ひな祭りは白酒ということで。

参考資料

 

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