『養生訓』を読む 第8回
減らす、控える、守りから
原文(巻之一・総論上・5章)
凡(およそ)養生の道は、内慾をこらゆるを以(て)本とす。本をつとむれば、元気つよくして、外邪をおかさず。内慾をつつしまずして、元気よはければ、外邪にやぶれやすくして、大病となり天命をたもたず。内慾をこらゆるに、其(の)大なる条目は、飲食をよき程にして過さず。脾胃をやぶり病を発する物をくらはず。色慾をつつしみて精気をおしみ、時ならずして臥さず。久しく睡る事をいましめ、久しく安坐せず、時々身をうごかして、気をめぐらすべし。ことに食後には、必数百歩、歩行すべし。もし久しく安坐し、又、食後に穏坐し、ひるいね、食気いまだ消化せざるに、早くふしねぶれば、滞りて病を生じ、久しきをつめば、元気発生せずして、よはくなる。常に元気をへらす事をおしみて、言語をすくなくし、七情をよきほどにし、七情の内にて取わき、いかり、かなしみ、うれひ思ひをすくなくすべし。
慾をおさえ、心を平にし、気を和(やわらか)にしてあらくせず、しづかにしてさはがしからず、心はつねに和楽なるべし。憂ひ苦むべからず。是皆、内慾をこらえて元気を養ふ道也。
又、風寒暑湿の外邪をふせぎてやぶられず。此内外の数(あまた)の慎は、養生の大なる条目なり。是をよく慎しみ守るべし。
現代語訳
およそ養生の道は、内側の欲望を抑えることが根本である。
これを実践すれば元気が強くなり、外からの邪気にも負けない。逆に、欲望を抑えずに元気が弱れば、外邪に侵されやすくなり、大病を招いて寿命を縮める。
欲望を抑えるうえで特に重要なのは以下のことだ。
飲食はほどほどにし、食べすぎないこと。
脾胃(胃腸)を痛めるものを避けること。
性欲を慎み、精気を大切にすること。
不規則な時間に寝ず、長く寝すぎないこと。
長く座り続けず、適度に体を動かし、特に食後は数百歩歩くこと。
もし食後すぐに横になったり昼寝をしたりすると、食物が滞って病気の原因になる。
これを続けると元気が生じなくなり、体は衰える。
また、言葉を控えめにし、怒り・悲しみ・思い悩みを少なくする。
心を穏やかにし、気を荒らさず、静かで和やかな心を保ち、憂い苦しまないようにする。
これらすべてが「内慾を抑えて元気を養う」道である。さらに、風・寒・暑・湿など外からの邪も防ぎなさい。この内と外、両方への慎みこそが、養生の大きな要点なのだ。
解説
まずはディフェンスから
この章は、養生訓の「実践の中核」になります。そして、「実践する」ことで変わっていくという、養生の効果についてもしっかりと力説している。
そこで、改めてここでは前章に引き続き、貝原益軒は「養生とは、何かを“する”ことより、まず“慎む”こと」と強調します。
- 飲食はほどほどにし、食べすぎないこと。
- 脾胃(胃腸)を痛めるものを避けること。
- 性欲を慎み、精気を大切にすること。
- 不規則な時間に寝ず、長く寝すぎないこと。
- 長く座り続けず、適度に体を動かし、特に食後は数百歩歩くこと。
- 言葉を少なくしてマイナスの感情を持たないようにすること。
ここにか掲げられているものは、現代人にとっては頭の痛いものばかり・・・。食事についても、運動についても、なかなか普段サボってしまうことばかりではないでしょうか。
いつもいつもできるものではありませんが、「食後は歩け」ということは実践してみたいものです。これは現代医学でいう“食後の軽い運動が代謝を助ける”のと一致しています。
また、「言語を少なくし」「七情(怒・喜・思・憂・悲・恐・驚)をほどよく」保てという教えも、感情のセルフマネジメントが健康の鍵であることを的確に捉えています。
益軒の養生哲学は、「身体」「心」「行動」を一体として整えること。
まさに“心身一如”の思想となります。
まとめ 源保堂鍼灸院の見解
この章には、まさに現代人へのメッセージが詰まっています。
特に鍼灸の観点から見れば、「元気をへらすことをおしむ」「気を和やかにする」という部分が重要です。
現代社会では、常に刺激と情報にさらされ、“内慾”のブレーキが効きづらくなっています。
過食・スマホ・過労・過思──これらはすべて、元気を静かに消耗させていく「内なる邪」なのです。
鍼灸では「気のめぐり」を整えることで、この消耗を防ぎますが、日常でできる最良の養生は、「控える勇気」と「静けさを選ぶ判断」です。
心と体を満たすものは、足すことではなく、「減らすこと」から生まれます。それが益軒が示した“本をつとむる”=根本を守るという道です。
定本として『養生訓・和俗童子訓』(岩波文庫)を使用
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源保堂鍼灸院・院長
瀬戸郁保 Ikuyasu Seto
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
東洋遊人会・会長/日本中医会・会長/東洋脉診の会・会長
東洋医学・中医学にはよりよく生活するための多くの智慧があります。東洋医学・中医学をもっと多くの方に身近に感じてもらいたい、明るく楽しい毎日を送ってほしいと願っております。
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