風邪は万病の元
「風邪は万病の元」
「風邪は万病の元」とよく言われます。この言葉は、風邪によって咳や頭痛、発熱、関節痛など様々な症状が出てくることや、さらに風邪が進行していきますと、肺炎や中耳炎などの2次的な病気に変わっていくこともあることから、“風邪を引いてしまうと、全ての症状・病気につながっていきます”と警告しているものと一般的には理解されていると思います。 東洋医学・鍼灸の原典である『黄帝内経』でみてみますと、「風為百病之長(風邪は百病の長となる)」や、「風為百病之始(風邪は百病の始まりである)」ともあり、東洋医学や鍼灸の本においても、この一文を基にして「風邪は万病の元」を上述のように解釈しているものもあります。
カゼとフウジャの違い
しかし、この解釈は一般的に分かりやすく庶民に伝えるための言葉とニュアンスでありまして、東洋医学・鍼灸医学における本来の意味とは異なっています。異なっているというよりは、「風邪は万病の元」という言葉は、一般的な解釈よりも、より奥が深い意味があるということでしょうか。
東洋医学・鍼灸医学では、病気の原因を外から来た内因(ないいん)と、内から発生した内因(ないいん)、そして外でもなく内でもないものを、不内外因(ふないがいいん)と三つに分けます。このうち外因は風・暑・湿・燥・寒・火の6つが含まれます。この6つのそれぞれに「邪」という漢字をつけて、風邪(フウジャ)、暑邪(ショジャ)、燥邪(ソウジャ)と言ったりしますが、風邪をカゼと読む場合と、フウジャと読む場合とでは全く意味が異なってきます。おそらくこの読み方の違いによって、「風邪は万病の元」の意味の伝わり方が変わってきたのではないかと思います。
風邪を“カゼ”と読みますと、これは発熱や咳などを伴う、いわゆる「カゼ」という病名になります。一方“フウジャ”と読みますと、これは風邪という病気の原因を指し、カゼという病気は指しません。
フウジャとは、抽象的ではありますが、自然界の風の様子を基に分類した病気の原因の総称で、風のように速やかで、動きやすいといった特徴があります。
そしてもう一つの特徴が、「風邪は万病の元」の言葉の本来の意味を表すものです。それは、風邪は他の邪とつながりやすいということです。
風が寒と結びつくと風寒(ふうかん)となり、暑と結びつくと暑風(しょふう)となっていきます。例えば極寒の冬、裸で寝てカゼをひいた場合、これは風邪(ふうじゃ)による病気ではなく、寒邪(かんじゃ)による病気なので、東洋医学・鍼灸医学で厳密に言えば、これはいわゆるカゼではなく、傷寒(しょうかん)と呼ぶのが正しい名称となります。しかし、風にはそもそも寒と結びつきやすい性質がありますので、風と寒が合わさって、風寒となることもしばしばです。このように、フウジャは他の病因と重なることが多く、フウジャによって他の病因が誘発されることも多いため、「風邪(フウジャ)は万病の元」という言葉が生まれました。
以上を考え合わせますと、本来は風寒というものが、おそらく日本においては、いつの頃からか、いわゆる一般的な「カゼ」という病気の名称と入れ替わったのではないかと思われます。そして本来は、風邪(フウジャ)という、病気の原因を現す名称が、いつの頃からか「カゼ」と読まれるようになり、風寒と風邪がごっちゃになって伝わってきたのだと考えられます。われわれ東洋医学・鍼灸医学を臨床しているものとしては、この違いをはっきりと区別しておかないといけません。なぜならば、この区別ができないと、カゼの治療ができないからです。逆に言えば、この区別ができるということは、東洋医学・鍼灸医学はカゼを治すことができる医療であるということにもなります。
「風邪は万病の元」という言葉の本来的な意味を知っておくことは、東洋医学・鍼灸医学をしているものにとってはとても大切なことです。しかし、一般の方にとっては、一般的な解釈である、「風邪を引くことは、ほかの病気につながることもあるので、早めに治療をしておきましょう」という一つの未病治療の言葉と理解していただき、カゼの予防に努めていただけたらと思います。「風邪は万病の元」とは、本来の意味とは異なる方向で定着した言葉ですが、期せずして、東洋医学・鍼灸医学を専門とするものにとっても、一般の方にとっても、それぞれに意義深い言葉になっていることが、面白いところであります。
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