『養生訓』を読む 第13回
人の命は我にあり、天にあらず
原文(巻之一・総論上・9章)
人の耳・目・口・体の見る事、きく事、飲食ふ事、好色をこのむ事、各其このめる慾あり。これを嗜慾と云。嗜慾とは、このめる慾なり。慾はむさぼる也。飲食色慾などをこらえずして、むさぼりてほしゐままにすれば、節に過て、身をそこなひ礼儀にそむく。万の悪は、皆慾を恣(ほしいまま)にするよりおこる。耳・目・口・体の慾を忍んでほしゐまゝにせざるは、慾にかつの道なり。もろもろの善は、皆、慾をこらえて、ほしゐまゝにせざるよりおこる。故に忍ぶと、恣にするとは、善と悪とのおこる本なり。養生の人は、ここにおゐて、専ら心を用ひて、恣なる事をおさえて慾をこらゆるを要とすべし。恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし。
現代語訳
人の耳・目・口・身体には、それぞれ見ること、聞くこと、飲食すること、男女の情を好むことなど、生まれつき好む欲があります。これを嗜慾(しよく)といいます。
嗜慾とは、好む欲のことです。そして欲とは、本来むさぼる性質を持つものです。飲食や色欲などを抑えず、欲のままにむさぼれば、節度を超えてしまい、身体を損ない、礼儀にも背くことになります。あらゆる悪は、すべて欲を思うままにするところから生じるのです。耳・目・口・身体の欲を忍び、欲しいままにしないことが、欲に打ち勝つ道です。あらゆる善は、欲を抑え、欲しいままにしないところから生じます。つまり、忍ぶことと欲のままにすること、この二つが、善と悪の生まれる根本なのです。養生を心がける人は、ここにおいてこそ心を用い、欲のままになることを抑え、欲をこらえることを大切にしなければなりません。「恣(ほしいまま)」の一字を去り、「忍」の一字を守りなさい。
解説
欲を忍ぶこと
この章で貝原益軒が語っていることは、非常に誤解されやすいのですが、「欲そのものを悪としているわけではありません」。
『養生訓』のこの章は、一見すると「禁欲」を説いているように読めます。
けれど貝原益軒が言いたいのは、欲そのものを否定することではありません。
欲は自然に湧く。だからこそ、“欲が主役になった瞬間”に人は崩れやすい。この現実を、益軒は驚くほど理性的に言語化しています。
- 嗜慾(好む欲)は、人として自然なもの
- 問題は「むさぼること」「節を越えること」
- 主導権を欲に渡した瞬間、身と心が壊れる
という、極めて現実的で理性的な指摘です。そして益軒は、難しい修行や禁欲を求めていません。ただ一つ、「欲しいままにするか、忍ぶか」この分岐点を、日常の中で意識せよと言っています。
忍ぶを目標数値に
“忍ぶ”を、今日から使える形(目標数値)にしてみよう。
忍ぶとは、気合でねじ伏せることではなく、たとえば次のように、数値目標を決めるための「操作」に近いです。
- 量を決める:満腹まで行かず、次の一口を“やめられる”ところで止める
- 間を入れる:衝動が来たら、まず水を飲む/深呼吸する/一度席を立つ
- 刺激を減らす:見ない・触れない・近づかない(環境で勝つ)
- 回復を優先する:睡眠不足の時は欲が暴走しやすい、と知っておく
「忍」は根性ではなく、仕組みで守る。
益軒の言葉を現代に移すなら、そんな読み方がいちばん役に立ちます。
まとめ 源保堂鍼灸院の見解
東洋医学では、
食べすぎ・使いすぎ・考えすぎ・刺激の取りすぎは、
すべて「正気(身体を守る力)を損なう」と考えます。
つまり、問題は「欲があること」ではなく、欲にブレーキが効かなくなることです。
益軒の言う
「恣の一字をさりて、忍の一字を守るべし」
これは、
- 我慢し続ける人生を勧めているのではなく
- 欲のハンドルを自分で握れ、という教え
です。
源保堂鍼灸院が大切にしている養生も同じです。
欲を消すのではなく、欲に振り回されない身体と心を作ること。
それが、長く健やかに生きるための、最も確かな道だと考えています。
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参考図書
定本として『養生訓・和俗童子訓』(岩波文庫)を使用
『養生訓』に関連する本

源保堂鍼灸院・院長
瀬戸郁保 Ikuyasu Seto
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
東洋遊人会・会長/日本中医会・会長/東洋脉診の会・会長
東洋医学・中医学にはよりよく生活するための多くの智慧があります。東洋医学・中医学をもっと多くの方に身近に感じてもらいたい、明るく楽しい毎日を送ってほしいと願っております。
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