医学の父・ヒポクラテスを読んでみることに
とある患者様から、「西洋医学と東洋医学って、同じように人の体を診るものなのに、どうしてこうも違うんでしょうかね?」と尋ねられました。
そして他の患者様からは、「どうして西洋医学の方って、東洋医学を認めたがらないんでしょうね?」とも尋ねられました。
つまり、お二人の患者様が感じておられるのは、西洋医学と東洋医学が相入れない関係にあって、お互いに交わろうとしていないということだと思います。またその言外には、もし東洋医学と西洋医学が手を結んで補完しあったら、きっとより有益な医療の形ができるだろうという期待もあるのだろうと思います。
私自身は、東洋医学と西洋医学がお互いの長所を活かして車の両輪になればいいと願っているものの一人です。しかし、その前にまだまだ乗り越えないといけない壁があることも認識していて、でも、それでもきっといつかは越えられるだろうことも信じています。
そこで、東洋医学と西洋医学はどうしてこうも違うのかということを考えてみる必要があるのですが、そこを考察する過程の一つとして、“医学の父”と言われるヒポクラテスの著した書物を取り上げて、その中でこれはと思うところを引用して紐解いてみようと思います。そしてそれがまた、東洋医学や、私自身の医療への姿勢というものを考察し直すきっかけになるのではないかと考えております。
定本として『古い医術について』(岩波文庫)を使用
今回、ヒポクラテスの書いた本で手に入れやすいものが岩波文庫にある『古い医術について』。そこで、この本を定本として引用して参ります。
よくよく調べてみると、この『古い医術について』は現在絶版のようで、替わって『ヒポクラテス医学論集』が出版されているようです。訳者が違いますので、時代に合わせて読みやすくなっているのかと思いますが、手元にあるのが『古い医術について』でしたので、そちらを定本にして参ります。
『空気、水、場所について』より
季節の影響を考慮する
『空気、水、場所について』の冒頭に出てくる文章なのですが、これは私にとってはとても驚く一節でした。
というのは、私たち東洋医学・中医学を修得している人間にとって、一年の季節の変化を把握して鍼灸施術・漢方処方をするのは当然のことであるからです。“医学の父”と呼ばれるヒポクラテス先生も、同じことを言っているではないか!と、そして、本来は東洋医学・中医学と西洋医学の壁なんて無かったのではないかと、いきなり冒頭からとても勇気づけられる言葉だと思ったのであります。
私たち東洋医学・中医学を主にしている者は、暦をとても大事にしています。旧暦、新暦などの違いがあったり、地球環境の変化によって、これからはいくつか修正が必要になってくるかとは思いますが、大まかに言って、特に四季が明瞭(最近崩れてはいますが)な日本などはこの暦と共に行き、暦を見ながら体を考察していくということは必須な視点となります。
冬のような寒さが続くときは、どう言った症状が多くなるかということはもちろんですが、冬には冬の体に変化をしていきますので、それに沿った施術や処方をしていくことが大切になります。
例えば、寒さになると一気に体調を崩す人もいれば、夏の暑さにはとても耐えられないという人もいます。こう言った個人差というものをしっかりと把握し、季節に沿った施術ができないと、とても体質改善や体力の向上とったことは望めません。
その地域特有の風土
ヒポクラテスは、上述した一つ目の条件に続き、この後大きく三つの考察について述べている。
これは、平たく言うと、地域性や風土ということでしょうか。
私はかつて、名古屋や香川で滞在治療をしてきた経験がありますが、それぞれの地域性があるということは肌で感じていました。上で引用した季節とも関係しますが、滞在治療をし始めた当時は、例えば冬に新幹線に乗って名古屋で降りたりすると、足の下の方からキンキンに冷えた空気が這い上がってくる、つまりこれが底冷えというものなのだと思いますが、この底冷えを直に感じて、これは東京とは違ったより一層の冷え対策を考えてよく診ておかなくてはいけないと思ったものです。
“冬”は寒い季節という共通項がありますが、その中でも地域性があり、それに対する対処は全然違うものになるはずです。
私は、今は滞在治療をすることがなくなりましたので、私自身はこのことを感じることは少なくなりましたが、今いるこの東京という地域が持つ特異的なものがあるはずなので、ここは改めて整理しておく必要があると思いました。治療院は常に一定の温度になるように、患者様が薄着になっても大丈夫なようにしておりますので、ともすると外で起きている気功に鈍感になるやもしれません。ここは一つ、私自身にとっても反省材料になりました。
水について
ヒポクラテスは、季節、風に引き続き、今度は水についても言及している。
引用したこの文章に続き、ヒポクラテスは「水は味と重さに相違があるように、それぞれの性質にもひじょうに相違があるからである」と述べている。
日本の水道水は基準に合った水準の水が流れ出てくる。地球環境の変化なのか、最近は水質に異変が起きているところもあるようですが、基本的には日本の水道からはそのまま飲める水が出てきます。そもそも日本は古来より水源の充実した国なので、水の有り難さがわかっていないかも知れないけれど。
しかし、世界を見渡してみると、水というのは資源だ。
そもそも、そのまま飲める水というのは少ないのではないだろうか。
そしてさらに、飲める水であったとしても、地域によってはかなりの差がある。軟水、硬水という違いはもちろんだが、水が通ってくる岩盤の性質などでもかなり違いがあるだろうし、場合によっては有毒のこともあるかも知れない。体の約60%は水分ということもあるし、水は飲料だけではなく、料理にも欠かさないものであるから、体への影響は大きい。水の質によって風土病の原因になったり、汚染された水を飲めば感染症にもなる。
今は均一な水がどこにでもあるけれど、ヒポクラテスのこの言葉を素直に聞くならば、今一度水というものを健康のポイントに置くのは大切なことかもしれない。
むすび
私たちは、私たちを取り巻く環境の中で生きている。逆に言えば、環境の中で生かされている存在ということでもある。ということは、私たちの体、健康というものは環境によって左右されるわけです。おそらくヒポクラテスは旅から旅へと、地域を隔てて回遊していた医師だったのかも知れない。そこで、地域によっての差というものを知り、人それぞれの体の個性を考えるようになったのだろうと思われます。
現代医療は、とかく数値主義であり、そこの枠に納まっていれば健康とするし、外れれば病気とみなす。もちろん数値は一つの目安として利用する価値があるものではありますが、そこにだけ固執してしまうと、体や健康といったものの全体が見えてこないことにもなり、そこに“患者不在”という現象が生じてしまうのではないでしょうか。
【著書のご紹介】
『心と体が整う「おうち薬膳養生12ヶ月』 瀬戸佳子著
源保堂鍼灸院・薬戸金堂の国際中医薬膳師である瀬戸佳子が、2023年10月にPHP研究所から『心と体が整う「おうち薬膳養生12ヶ月』を出版しました。1年を通して健康に生活するための養生が書かれております。
みなさまのご健康のために、全力を尽くして書き上げました。きっと皆様にお役に立てる内容と思いますので、ご一読していただけたらと思います。
この記事を書いた人
瀬戸郁保
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
古医書医学の大家であった二階堂宜教先生に師事し、東洋医学・中医学の世界を追求している鍼灸師です。唯一の趣味は、写真を撮ること。カメラはFOVEON、LUMIXを使用しています。
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