第一回 杉田玄白と『養生七不可』――生涯、本書の成立背景と意義
この回の記事の要点
『養生七不可』を著した杉田玄白とは?
杉田玄白と聞くと、まず『解体新書』を思い浮かべる方が多いでしょう。前野良沢らとともにオランダ語の解剖書を訳し、西洋医学を日本に紹介した蘭学者です。その玄白が晩年に書き残した養生の心得が、『養生七不可』です。
そこに記されているのは、昨日のことを悔やみすぎない、明日のことを思い煩いすぎない、飲食を度を過ごさない、身体を動かすことを怠らない、といった七つの戒めです。簡潔な題名からは、暮らしを厳しく律する教えのようにも見えます。しかし本文を読んでいくと、そこには玄白自身の体験と、医師として人の身体を見続けてきた眼差しが表れています。
この連載では、原文を現代語に訳しながら、玄白がどのような考えから養生を説いたのかを、一つずつ読み解いていきます。第一回では、玄白の生涯をたどり、『養生七不可』が書かれた背景と、今日この本を読む意味を考えます。
医師の家に生まれ、蘭学の道へ
杉田玄白は、享保18年(1733)、江戸の小浜藩邸に生まれました。
父は小浜藩医の杉田甫仙。
玄白は幼少期の一時期を小浜で過ごし、青年期には幕府に仕える外科医・西玄哲にオランダ流の外科を学びました。やがて小浜藩医となり、江戸で医業を営みながら医学の研鑽を重ねていきます。
玄白の名を広く知らしめたのは、安永3年(1774)に刊行された『解体新書』です。
明和8年(1771)、玄白は前野良沢、中川淳庵らと小塚原で腑分けを見学し、オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』の図が実際の人体とよく一致することに驚きました。翻訳は翌日から前野良沢のもとで始まり、三年余りをかけて完成します。オランダ語に通じていた良沢が訳読の中心を担い、玄白は仲間とともに翻訳を進め、訳書の編集と出版を主導しました。

玄白は、翻訳の成果を世に出しただけではありません。江戸に私塾・天真楼を開き、大槻玄沢ら多くの蘭学者を育てました。また、晩年には『解体新書』翻訳の苦心を振り返る『蘭学事始』を著しています。文化14年(1817)、玄白は数え85歳で亡くなりました。
古稀を前に書き残した七つの心得
『養生七不可』は、享和元年(1801)に跋文をもつ版が確認されています。書誌には別題として『一生心得養生七不可』も記録されており、一時的な健康法というより、生涯にわたって心に留める心得として伝えられてきたことがうかがえます。
このころの玄白は、数え年で69歳。
本文では、まもなく古稀を迎えることに触れ、自分は生まれつき病身で、人並みに丈夫ではなかったと語っています。それでも、幼いころから無理を重ねず、養生を心に留めてきたことで、長く暮らしてこられたと振り返ります。医師として他人の身体を診てきただけでなく、自分自身の身体を見つめて書いた言葉でもあるのです。
七つの心得は、次のように掲げられています。
- 昨日の非を恨み悔やまない
- 明日のことを思い煩わない
- 飲食を度を過ごさない
- 「正物」でないものをむやみに食べない
- 何事もないときに薬を服さない
- 壮健を頼みに房事を過ごさない
- 身体を動かすことに努め、安楽ばかりを好まない
玄白は、心得を短い言葉で並べるだけでなく、その理由を本文で説明しています。心の持ち方、食べ方、薬との付き合い方、身体の動かし方――養生を特別な技法に限らず、日々の生活全体に関わるものとして論じている点が、本書の特徴です。
玄白自身の経験と、当時の医学
本書で玄白は、自分が生来の病身であったことや、医師として脈や腹を診てきたことに触れています。養生を説く言葉に、自身の経験が重ねられているのです。読者にとって、これは抽象的な訓戒を読むのとは少し違います。病弱な身体を抱えながら医師として働き、年を重ねた一人の人間が、自分の暮らしを振り返って語る心得として読むことができます。
一方で、本文には、玄白が生きた時代の医学や身体観も表れています。たとえば、身体の働きを「血液」や「気」に関する当時の理解から説明する箇所があります。そこには現代医学とは異なる考え方も含まれます。その違いを無理に現代の理論へ置き換えるのではなく、玄白が何を観察し、どのような医学知識をもとに説明しようとしたのかを確かめながら読んでいきたいと思います。
『解体新書』の玄白と、『養生七不可』の玄白
『解体新書』と『養生七不可』は、扱うテーマも文章の性格も異なります。一方は西洋の解剖書を翻訳し、人体の構造を伝えようとした仕事。もう一方は、日々の生活をどう整えるかを説いた養生の心得です。
しかし、どちらにも共通しているのは、身体と病を見つめ、得た知識を人々に伝えようとする姿勢です。玄白は、医学書の翻訳を通じて人体の構造を伝えただけでなく、養生を通じて病を招きにくい暮らしについても考え続けました。『養生七不可』は、蘭学者として知られる玄白の、もう一つの顔を見せてくれる書物です。
現代の私たちが読む意味
現代の私たちは、健康に関する情報を簡単に得られます。それでも、何をすればよいのか迷い、情報に振り回されてしまうことがあります。『養生七不可』は、そんな私たちに、方法を増やすことだけでなく、日々の過ごし方を見直す視点を与えてくれます。
ただし、江戸時代の心得を、そのまま現在の健康法として実践することはできません。特に「事なき時は薬を服すべからず」という言葉は、処方薬を自己判断で中断してよいという意味ではありません。玄白の時代の薬観を理解したうえで、現代の医療や薬の知識とは区別して読む必要があります。
大切なのは、七つの言葉を現代の決まりとして当てはめることではなく、玄白が何を心配し、何を大切にしようとしたのかを本文から読み取ることです。過去を悔やみ続けること、先のことを思い煩い続けること、飲食や薬に頼りすぎること、身体を動かさずに過ごすこと。そこに込められた問題意識を、今の自分の暮らしと照らし合わせて考えてみたいと思います。
次回は・・・
次回からは、『養生七不可』の本文に入り、七つの心得を一つずつ取り上げます。章の長さや内容によっては、一つの心得を複数回に分けて読み進めます。
まず取り上げるのは、「昨日の非は恨悔すべからず」と「明日の是は慮念すべからず」という、心のあり方に関する二つの言葉です。過ぎたことを悔やまず、まだ来ないことを思い煩わない――玄白はそれを、どのような養生として説いたのでしょうか。原文を確かめながら、現代語訳とともに読み解いていきます。
※本稿では、江戸時代の医学・身体観と現代の知見を区別して解説します。玄白の言葉を、現代の治療や服薬についての指示として扱うものではありません。
参考資料
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源保堂鍼灸院・院長
瀬戸郁保 Ikuyasu Seto
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
東洋遊人会・会長/日本中医会・会長/東洋脉診の会・会長
東洋医学・中医学にはよりよく生活するための多くの智慧があります。東洋医学・中医学をもっと多くの方に身近に感じてもらいたい、明るく楽しい毎日を送ってほしいと願っております。
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