『養生訓』を読む 第三回
命は天地父母からの授かりもの
原文(巻之一 冒頭・中盤)
況(いわんや)大なる身命を、わが私の物として慎まず、飲食・色慾を恣(ほしいまま)にし、元気をそこなひ病を求め、生付たる天年を短くして、早く身命を失ふ事、天地父母へ不孝のいたり、愚なる哉。人となりて此世に生きては、ひとへに父母天地に孝をつくし、人倫の道を行なひ、義理にしたがひて、なるべき程は寿福をうけ、久しく世にながらへて、喜び楽みをなさん事、誠に人の各願ふ処ならずや。
現代語訳
ましてや、この父母や大自然から授かった大いなる命を、自分だけの所有物と思いこみ、慎むことなく飲食や色欲を欲のままにしていくということは、元気を損なって自分から病を招いているようなもので、生まれながらに与えられた寿命を縮め、早く命を失うことは、天地と父母に対しての最大の不孝であり、愚かしさの極みです。人としてこの世に生まれてきたのだから、ひたすら父母と天地に孝を尽くし、人としての道を守っていき、正しい義理に従って、与えられた寿命とそこから得られる幸福を可能な限り受け、長く世に生きながらえて、喜びや楽しみを味わうことこそ、まさに人であれば誰もが願うところではないだろうか。
解説
自分の身体は自分だけのもの?
現代は「飽食の時代」と呼ばれて久しいです。お米や野菜が値上がりし、無駄遣いなどできない状況なのに、食品ロスは相変わらず減らないようだし、自分の欲望が赴くままに飲食物を摂りまくり、挙げ句の果てには糖尿病などの生活習慣病になる人も少なくない。貝原益軒は、ここで、自分の欲に突っ走る行為は、命を損なうものだと厳しく叱責し、それは単なる自己責任という問題にとどまらず、その先にある天地や父母への裏切りだと断じます。
欲望のままに生活することは、自分を傷つけること。それだけでも自分自身に対して愚かな行為であるのだが、それは同時に命を与えてくれた存在をも侮ることになるというのだ。これは、私たち現代人の感覚からは、もはや感じられない倫理観かもしれない。天地や父母とか言われたって、そんなの関係ない、自分の勝手だろうって思うのが当然だと思う。しかし、せっかく『養生訓』に触れ始めたのだから、まずは益軒の思想を感じ取ってほしいのであります。
人生はトータルで味わうもの
益軒は以上のように、私たちに厳しく生きる姿勢を問いただす。
自分のことであって自分のことではない、そういうことを私たちに話し聞かせてくれる。
しかし、自分のことではないと言いながらも、慎み深く過ごすことは、自分のためになるんだよと、逆説的に主題を戻してくるのです。「長生きをすれば、その分、私たちは喜びや楽しみを味わうことができるでしょう。そしてそれは誰もが望むことですよね。」とたたみかけてくる。
長寿とは、単なる延命ではありません。もしかしたら、人生の長さは最初から決められているかもしれません。でも、どんな長さがあろうとも、人生を味わい尽くすことが生きている価値である、人生はトータルで味わうものと位置づけています。
まとめ 源保堂鍼灸院の見解
貝原益軒が生きた時代は、江戸時代です。今の私たちよりも、はるかに庶民の生活は質素であったでしょう。そんな質素な生活の中にありながらも、冒頭に益軒がこれだけ厳しく欲のままに生活することを戒めているということは、私たち人間というものは、よほど欲に惑わされやすいのかもしれません。
江戸時代よりも何百倍も豊かになったこの現代。うっかりすると私たちは直ぐに不規則な生活や過度の飲食に陥りがちです。過労、ストレスなども加わって、健康を損ねる要素がたくさんあることになります。
しかし、だからといって、欲をあまりに制限し過ぎるのも、益軒の言う養生からは離れていってしまうのではないでしょうか。益軒には、楽しいことをして人生を謳歌することを説いた『楽訓』という著書もあるくらいですから、極端な質素倹約を求めていたわけではないと思います。
養生は制限することではありません。
自分の人生を楽しむこと、喜びに満ちた人生にすること、生命を輝かせることに養生のポイントがあります。そのためにこそ、無軌道、無節度な欲望を常に顧みようということ、それがより深い“養生”のあり方ではないでしょうか。
本当に自分の体や心が喜ぶことをしてみる、自分を喜ばせてあげる。
その暴飲暴食は、本当に自分に必要なことですか?
お腹いっぱいになりすぎて、かえって胃腸が無理をしていませんか?
自分の命を授かった父母、そして大自然に感謝すること、そのためにこそ、過度な欲に乗っ取られるのではなく、足るを知る気持ちを持ちながら楽しんでいきたいですね。
源保堂鍼灸院としては、「“欲のまま”にではなく、“欲と上手に付き合う”生活」が健康維持の鍵だと考えています。欲を捨てる必要はありませんが、欲に支配されない暮らしこそが、心身を守る養生につながるのではないでしょうか。
- 欲張りすぎないでほどほどに
- 人生は楽しむもの、トータルで味わう
- “欲のまま”ではなく、“欲とうまく付き合う”こと
以上三点をまとめとしておきました。養生のご参考にしてみてください。
定本として『養生訓・和俗童子訓』(岩波文庫)を使用
『養生訓』に関連する本

源保堂鍼灸院・院長
瀬戸郁保 Ikuyasu Seto
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
東洋医学・中医学にはよりよく生活するための多くの智慧があります。東洋医学・中医学をもっと多くの方に身近に感じてもらいたい、明るく楽しい毎日を送ってほしいと願っております。
Save Your Health for Your Future
身体と心のために
今できることを
同じカテゴリーの記事一覧