東洋医学で「脳」はどこに入る?(1)|臓腑論と「奇恒の腑」
この記事の要点
初出:続・鍼たま(2007年2月23日)/2026年10月30日 改訂
古医書での脳の位置付けとは?
以前、解剖学者の養老孟司氏の『バカの壁』を読み始めたことがありました。もともと、自分のなかにあった「脳」への好奇心と、いまの仕事、つまり鍼灸・東洋医学の立場から見た「脳」の理解との差を確かめたい、という思いから、手に取った本です。
そこで、鍼灸・東洋医学の立場から、この巨大な小宇宙ともいえる「脳」が、どのように位置づけられているのかを、全3回で考えていきます。第1回の今回は、その前提となる、東洋医学の「臓腑論」と、脳が入る「奇恒の腑」についてお話しします。
東洋医学の「臓腑論」とは
まず、東洋医学には、「臓腑論(ぞうふろん)」という考え方があります。臓腑論とは、いわば、体の解剖学と生理学を併せたもので、内臓の機能と形態を、陰陽五行という、東洋医学独特の身体観で分類したものです。
ここで注意したいのは、東洋医学でいう「肝」「心」「脾」「肺」「腎」は、西洋医学の同じ名前の臓器と、そのまま同じものではない、ということです。たとえば、東洋医学の「脾」は、解剖学の脾臓だけを指すのではなく、飲食物を消化し、栄養を全身に運ぶはたらき全体を指します。臓腑は、形のある臓器というより、機能のまとまりとして捉えられています。
五臓と六腑
臓腑は、「臓」と「腑」に分けられます。
五臓と六腑
| 木 | 火 | 土 | 金 | 水 | 相火 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 | 心包 |
| 六腑 | 胆 | 小腸 | 胃 | 大腸 | 膀胱 | 三焦 |
『素問』には、臓は精気を蔵して外に漏らさず、腑は飲食物を受けて伝え、消化して送り出すものと書かれています。臓は「蔵する」、腑は「伝え化する」。これが、両者のはたらきの違いです。三焦は、形を持たず、はたらきとして存在するものですが、この点は、別の機会に詳しくお話しします。
臓と腑は、表と裏の組になる
臓と腑は、表と裏の関係にあり、一つの組になっています。たとえば、肝と胆、心と小腸、脾と胃、肺と大腸、腎と膀胱という組です。
臓腑は、この表裏と陰陽の関係、そして五行というシステムのなかで、お互いに結びつき、影響し合っています。一方が不調になると、組になる相手にも影響が及ぶと考えるのは、このためです。
臓腑のなかに、「脳」はない
さて、問題は「脳」です。この臓腑のなかに、「脳」は入っていません。五臓にも六腑にも、脳の名前は見当たらないのです。では、脳は、どこに分類されるのでしょうか。それは、「奇恒の腑(きこうのふ)」というものです。
「奇恒の腑」とは
奇恒の腑とは、臓腑が、表と裏で一対になっているのとは異なり、単独で機能を果たすという特徴を持つ、一群の器官です。『素問』では、これらを、形は腑に似ていながら、精気を蔵して外に出さない点では臓に似ている、「ふつうとは異なるもの」と位置づけています。
奇恒の腑に含まれるものは、脳のほかに、髄(ずい)、骨(ほね)、脈(みゃく)、胆(たん)、女子胞(じょしほう、子宮)の六つです。胆が、六腑と奇恒の腑の両方に入っていることには、驚かれるかもしれません。胆が、胆汁という精汁を蔵する、という性格を持つため、両方に分類されるのです。
臓腑と奇恒の腑は、助け合う
臓腑は、表裏・陰陽・五行というシステムのなかで関連し合っています。一方、奇恒の腑は、そのシステムとは別に、単独に存在しています。しかし、別のシステムだからといって、臓腑と奇恒の腑が、まったく別のものかというと、そうではありません。
臓腑から栄養が供給されることで、奇恒の腑は正常にはたらくことができます。また、奇恒の腑が正常にはたらくことで、臓腑も調和のとれた活動を行うことができます。このような相互扶助の関係があり、それらが一体となって、統一的な体のはたらきが行われています。東洋医学が、各臓器を孤立したものと見ず、お互いの関連性とバランスを重んじるのは、このためです。
今日からの養生
- 睡眠を十分にとり、臓腑も、脳も休ませる
- 一つの不調を、その部分だけの問題と決めつけず、全身の状態も振り返る
- 食事は、よく噛んで、腹八分目を心がける
まとめ
東洋医学の臓腑論は、体の解剖学と生理学を併せたような身体観で、内臓を、陰陽五行によって分類したものです。五つの臓(肝・心・脾・肺・腎)と、六つの腑(胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)は、表と裏の組になり、互いに影響し合っています。ここでいう臓腑は、西洋医学の同じ名前の臓器とは違い、形のある臓器というより、はたらきのまとまりです。
この臓腑のなかに、「脳」は入っていません。脳は、髄・骨・脈・胆・女子胞とともに、「奇恒の腑」に分類されます。奇恒の腑は、表裏の組を持たず、単独ではたらきますが、臓腑とは、栄養を与え合い、調和を支え合う関係にあります。東洋医学が、どの臓器も孤立したものと見ないのは、このためです。
では、この脳は、臓腑のなかの、どの臓器と、とくに深くつながっているのでしょうか。そして、東洋医学は、からだ全体の統括者を、何と考えているのでしょうか。その答えは、第2回でお話しします。
FAQ よくある質問と答え
Why Does “My Chest Ache”? (Part 3 of 3): Everyday Words for Mind and Body, and the Brain in East Asian Medicine
In the first two parts, we saw that the brain belongs to the “extraordinary organs,” that it is closely tied to the kidney, and that East Asian medicine regards the heart as the commander of the body. In this final part, I would like to approach the question from a different angle: the everyday words we use.
The Japanese language holds many expressions that join body and mind. When we fall in love, our chest “flutters.” When we look forward to something, our chest “dances.” When we grieve, our chest “aches,” and when we feel relief, we “stroke down the chest.” When our heart hurts, we naturally place a hand on our chest. Expressions using the head, by contrast, mostly concern thinking, as in “holding one’s head” over a hard problem. Even the emotional ones, such as “it comes to my head” for anger or “cool your head,” seem to describe blood and qi surging upward rather than the brain itself.
East Asian medicine has a similar idea. The Suwen teaches that anger makes qi rise, joy slackens it, grief dissolves it and fear lowers it. “It comes to my head” matches the rising of qi caused by anger, and “cool your head” means bringing that qi back down. Anger is assigned to the liver.
Some voices in modern brain science explain expressions like “my chest flutters” as nothing more than activity inside the brain. The brain’s contribution to higher mental activity is certainly large. Yet it is hard to say how far the brain truly governs our body and mind. When our heart hurts, few of us hold our heads.
East Asian medicine assigns emotions and mental activities among the five zang: the heart stores the spirit (shen), the liver the hun, the lungs the po, the spleen intention and the kidneys will. Emotions are assigned as well: anger to the liver, joy to the heart, thought to the spleen, grief to the lungs and fear to the kidneys. What a person is truly capable of, in East Asian medicine, arises from the workings of the whole body, not from the brain alone.
The anatomist Takeshi Yoro writes, at the end of the second chapter of The Wall of Stupidity, that people tend to think of their brain as something exalted, while it is in fact something like a calculator. East Asian medicine stands with this skepticism. It values the brain without making it all-powerful, and looks at mind and body as a whole.
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源保堂鍼灸院・院長
瀬戸郁保 Ikuyasu Seto
鍼灸師・登録販売者・国際中医師
東洋遊人会・会長/日本中医会・会長/東洋脉診の会・会長
東洋医学・中医学にはよりよく生活するための多くの智慧があります。東洋医学・中医学をもっと多くの方に身近に感じてもらいたい、明るく楽しい毎日を送ってほしいと願っております。






